同性愛に対する寛容性の形成: 高校生の性に関する情報源の役割

日本女子体育大学紀要第43巻1-9頁

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最近書いた論文

石原英樹 (2012)「日本における成人男女の運動頻度と家族ライフステージの関わり:JGSSを用いた規定要因分析」『日本女子体育大学スポーツトレーニングセンター紀要』第15号:25-33頁.

石原英樹 (2012)「1990年代以降の同性愛に対する寛容性の拡大とその解釈の試み」『相関社会科学』第22号:23-42頁.

石原英樹 (2013)「同性愛に対する寛容性の形成:高校生の性に関する情報源の役割」『日本女子体育大学紀要』第43号:1-9頁.

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サブカルチャー神話解体 異聞 その2

(敬称略)前回より続く

宮台論文の余白に書かれた断片的な同時代分析が面白かったこと,「おたく」という概念がわれわれのサークルに入った詳細が前回の話である。

今回は、当時の宮台論文の面白さについて。同時代分析以外にもうひとつ印象に残ったことを思い出した。

宮台の論文のどこに惹かれたのか。
多くの人は彼の著作に横溢する圧倒的な情報量だという。しかし私の場合は逆だった。彼が<多くのことを知らない>ことに魅力を感じたのだと今になって思う。

宮台の論文には柄谷行人の痕跡が全くなかった。

石原の柄谷体験についてまず述べる。
石原は1982年から数年間早稲田大学に在籍し、前回書いた「文学研究会」という文系サークル(笑)に在籍していた(あとから知ったことだが芥川賞作家の堀江敏幸が後輩)。このサークルで石原は、講演などで毎年呼んでいた柄谷行人と何度も出会うことになり、大いに影響を受けた(その後東大に移ったのも柄谷の一言がきっかけだった)。
 ついでにいうと石原はこのサークルで哲学と少女マンガの大学デビューを果たす。 2年上だった西田裕一(元「現代思想」編集長。現在平凡社)は廣松渉と内田善美を教えてくれたり、早稲田祭で萩尾望都と中上健次の対談を企画するなど、既に名編集者の片鱗をみせていた。柄谷は「探究」を書く以前のかなり鬱な状態のころ(「柄谷の沈黙が現代思想の今年の最大の出来事だ」などといわれていた)で、学生相手に丁寧にお酒につきあってくれたことを覚えている。

 しかしそのような圧倒的な影響力の下で幼稚な学徒は余計なことをいろいろ考える(柄谷はすごいけど自分には何が書けるのか。文学に行こうか。しかし石原は大岡昇平が好きだが文学的素養は皆無だった。同じサークルの金子千佳の詩作を読んで、自分の文学をあっけなく諦めた)。

 思うに80年代後半は、文学や哲学に煮詰まった多くの現代思想学生が、社会科学に向かっていた。石原の個人史としては、柄谷の影響から脱して駒場教養学部のディシプリンで頭の中をゼロから組み立てなおす時期だった。

 そういう時期にはどんなすぐれた論文でも、柄谷の痕跡があるだけで拒否していた。たとえば大澤真幸の当時の研究は、柄谷の社会学への応用にしか見えなかった(もちろんそうでないことは現在ならよくわかる)。
 1989年に宮台と知り合ってから個人的に彼から入手したペーパーの中で、クリプキの「ヴィトゲンシュタインのパラドックス」を巡っての大澤との論争ものがある。
 これを読むと柄谷の痕跡がある/なしの話がよくわかると思う(現在ではどこかに発表されているのだろうか?)。
 簡単にいうと、クリプキを柄谷流に解釈する大澤と、柄谷を読んでいない(と思われる)宮台のクリプキ解釈の対立である。
 今読んでみても、大澤、そしてその前提になっている柄谷によるクリプキ解釈は大変ユニークである。だが私は、宮台のとても素直な解釈のほうが逆に新鮮だった。

「柄谷行人をちゃんと読んだことないでしょ?」と後に訊ねたことがある。彼が「あんまり好きではなかった」と言ったか「いやもちろん全部読んでいる」とむきになって答えたかは忘れてしまった。

 話を元に戻すと、私が宮台の論文を読んで面白いと思ったのは、彼の思考に柄谷行人の痕跡がなかったからである。1988年。

(異聞その3 に続く)

 

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サブカルチャー神話解体 異聞

「小説家や詩人になりたかったがとうとう書けずに哲学者や社会学者になった人は結構いる。また数学者になりたかったのに能力がなく哲学や社会科学を選ばざるを得なかった研究者も多い。そしてこの本は、この両方の失敗を犯した私の本である」 Jon Elster『ユリシーズとセイレーン』

いろいろな方から、『サブカルチャー神話解体』の製作過程について書いてくれといわれている。増補版が出たのでまた興味を持つ読者がいるらしい。共著者とりわけ宮台真司氏、そしてちくま書房には足を向けて眠れない。

 学問的ではない思い出から未発表原稿までいろいろあるのだが、他のお二人の了承を得る必要のないものだけ時々書き連ねてゆこうと思う(敬称略)。都合のいいような記憶の書き換えがあるかもしれないがご容赦を。開き直るならば、<書き手の思い出話など信じてはいけません>。

1989年3月×日
 宮台は晦渋なソシオロゴス論文で一部に知られていた。そのほとんど神経症的といってもいい解体と分類の作業(例えば<規範>という概念について。「既存の規範概念は不毛である」というような身も蓋も無い書き出し!)は快感だった。しかし実は石原が面白いと思ったのは、彼の抽象的な文章の中にあって、注にしかなりえない、数行の同時代分析だった。それは確か、上野千鶴子の用語を援用し若者の新らしいコミュニケーションを、「連他的」と呼んでいる部分だった。  
 面白いことを考える人だな、と感じて大学院生になりたてだった石原は、助手だった氏の研究室を訪れた(1989年3月)。氏は大塚明子から君のことは聞いているといって『権力の予期理論』のゲラを渡し「ちょうど良かった、これ三日で校正して」と言った。これが最初の挨拶だったと思う。

 大塚明子はすでに岩間夏樹のRISEコーポレーションでマーケティング分析のバイトをしており「頭のいい学生」と評判だったらしい。ちなみに大塚と石原は大学入学からずっと同じクラス、同じ専攻だったが、大学院になってはじめて別々になった(大塚は本郷、石原は駒場)。大塚の卒業論文はマスメディア論、石原は言語行為論。

 まさか後にこの三人でサブカルチャーの本を執筆することになるとは夢にも思わず、ルーマン研究の弟子入りをしたつもりで、『情熱としての愛』の英語版を粛々と読む読書会に参加させてもらった。大塚の英語力、宮台の読解は素晴らしく、自分の基礎学力の無さにコンプレックスを感じた。石原の大学院生活は意思決定理論を専門とする教授のゼミと、この読書会で始まった。

 その数ヶ月後、『現代思想』編集者だった堤健(石原とは早稲田大学『文学研究会』での仲間)からSFサークル用語として「おたく」という言葉があることを聞き、「連他性に似た概念で<おたく>という言葉がある」という話を宮台や大塚にした。
 当時はまだ別冊宝島のおたく特集も出ていなかったし中森明夫の証言もそれほど知られていなかったので、語源や定義はあやふやだったが、新しい言葉と堅い社会学の概念の野合が何かを生むかもしれないと漠然と考えた。
 ちなみに『サブカル神話』の語り手モデルの中で「東京の私立高校SF研究会的」な側面は、宮台だけでなく堤の俤を借りている。堤は早稲田学院から早稲田大学に進学したゼルダ(もちろんゲーム名ではない)と柄谷好きの哲学青年だった。1961年生まれ。『サブカル神話』の(あまり多くはないが)ゼルダなどのニューウェーブ系の資料は彼から借りたものが多い。宮台も石原も日本のNWはほとんど評価していなかったし大塚はNWやプログレそのものを聴いたことがなかったはずである。このようにカルチャーの偏食が著しい三人だったので後に包括的な文化研究をする時に苦労することになる。三人とも苦手なジャンルについては数多くのオタクネットワークに頼る作業だった。1989年。

異聞 その2に続く)

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新刊案内

『サブカルチャー神話解体・増補版』(筑摩書房)
宮台真司・大塚明子との共著(1993年)の文庫版が2007年2月に刊行予定.

増補版にも入れられなかったこの本のさまざまな未発表部分(草稿段階で落としたもの)は時々このブログにも出してゆく予定.この奇妙な本を理解する助けになるかもしれない.

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イアン・ハッキング『偶然を飼いならす』

Hacking The Taming of Chance  Ian Hacking (Cambridge University Press 1990)の翻訳.

重田園江(明治大学助教授)との共訳.木鐸社 1999年




1章 本書の概要 

 決定論は19世紀中に衰退し、chanceという自律的な法則のために空間が開かれた。また、human natureという概念は、dispersionの法則に従うnormal peopleというモデルに取って代わられた。これら二つの変化は平行して起こり、相互に影響を与えあっていた。偶然は世界から気まぐれを減らし、言わば混沌から秩序を生み出したために、その正当性を認められたのである。世界と人々について我々が行う概念化において、非決定論の要素が強くなるにつれて、逆説的であるが、期待できる統制の水準が高まったのである。

 これらの出来事はナポレオン時代の終わりの<印刷された数字の洪水the avalanche of printed numbers>から始まった。さまざまな人間行動、特に犯罪や自殺などの悪い行いが計測されるようになると、それらは毎年驚くべき規則正しさで起こることが分かった。社会の統計法則が、逸脱についての公的な統計表から出現してきたのである。平均やばらつきのデータが正常人という概念を生み、さらに新しい社会工学、つまり好ましくない階級を改良するための新しい方法を生み出した。

 19世紀初めには、統計法則は根底にある決定論的な出来事に還元されると考えられていた。しかしやがて、統計法則の方が優越することが明らかとなり、紆余曲折を経ながらも、ゆっくりと決定論を浸食していった。やがて、統計法則は決定論に依存せず独立した法則と見なされるようになり、その影響は自然現象にまで拡張された。こうして、新たな種類の「客観的知識」が存在するようになった。それは、自然や社会過程についての情報を獲得するための新しいテクノロジーの産物であった。このようにして正当化されるようになった統計法則は、出来事の過程を記述するためだけでなく、説明し理解するためにも使用されるようになった。こうして自然と社会の基盤を形作る素材になったという意味で、偶然は飼いならされたのである。

(本書の「目次」の第1章の部分を抜粋)

avalancheは「雪崩」と訳すのが正しい.

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『進化的意思決定』

4254295154 石原英樹・金井雅之著『進化的意思決定』
(シリーズ意思決定の科学5 松原望編集)
朝倉書店 2002年





二版での訂正箇所

p.( i )
武藤[2000] →武藤[2001]
p.(iv)
進化ゲーム理論研究会のURLを変更(http://civitas.e.yamagata-u.ac.jp/EvoGame/)
p.69
ケインズ的失業もこの例だとされる(Hargreaves and Varoufakis [1995]) 
    →(Hargreaves Heap and Varoufakis [1995])

◎文献
Hacking, Ian(1990)およびKant, Immanuel(1793)
    →削除
Kropotkin,Peter A.(1902),Mutual Aid: A Factor of Evalution,
    →A Factor of Evolution,
Lewis, David K. (1979), "Prisoner's Dilemma Is a Newcomb Problem"
    →Prisoner's Dilemma is a Newcomb Problem  (Isをisに変更)

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自生的秩序の論理

数理社会学シリーズ4『正義の論理』(勁草書房) 
第5章 「 <自生的秩序>の論理--ゲーム理論と正義」p.131-149
5.1 はじめに
5.2 自生的秩序のさまざまな論理
5.2.1 ハイエク
5.2.2 数理社会学
    (1)反設計主義的な秩序
    (2)ミクロの相互行為から生成するマクロな秩序
    (3)進化する秩序
    (4)外的強制のない秩序
5.3 相互扶助を語る自生的秩序――1990年代の進化ゲーム理論
    (a)コンピュータ・シミュレーションによるマクロ.ミクロ接合の把握
    (b)選択的相互作用モデル
    (c)非合理性の進化的適用の強調
5.4 権力を語る自生的秩序――チキン・ゲーム実験が示すもの

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